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妖怪(ようかい)

妖怪(ようかい)とは、人間の理解を超える奇怪で異常な現象を象徴する超自然的存在、あるいは不可思議な能力を発揮する日本の民間伝承上の非日常的存在のこと。妖(あやかし)または物の怪(もののけ)とも呼ばれる。ヨーロッパの民間伝承上の存在 fairy にはもっぱら妖精の訳を当てるが、文化人類学においては、いずれも超自然的存在として包括的に区分されうる。

両者の語義の違いは歴史性はもちろんだが、翻訳とニュアンスに留まるところが多い。

神道における荒ぶる神(神)、またはその依り代、またはその仮の姿。 具体的には各地に残る天狗神社、河童神社や貧乏神、宝船(七福神)など。

また動物(鯨塚、白蛇神社、九尾の狐、猫又、犬神)や道具(道具塚、朧車、傘小僧、鳴釜、硯の魂)も妖怪、神であるといえる。

鬼、天狗、河童、座敷わらしなどは、特に文献や伝承が数多く残っているため、民俗学の分野での研究が進んでいる。

古代から現代に至るまで、時代と共に様々な妖怪が人々の生活の中から生み出されてきた。

妖怪の起源については種々ある。神道の体系に組み込まれなかった古代の神々が起源であるとする残存物説。あるいは、科学が未発達だった時代に現象の説明として多く用いられてきたことから、呪術的思考の結果とする説もある。例えば、肛門の開いた水死体が発見された場合に河童が尻子玉を抜いたからだと説明付けるのは、後者の一例と言える。

中国の奇書『山海経』からなど、海外に由来のあるものもある。

出版文化が発達していく江戸時代ごろからは黄表紙などによって盛んに“キャラクター”として使用された。江戸時代の印刷・出版技術の発展とともに出版物が増え、また貸本屋の活躍により、妖怪のキャラクターが固定しそれが日本全国に広がっていった。たとえば、カッパに類する妖怪は江戸時代以前には日本全国に多くの種類があったが、書籍の出版によってそれがカッパに固定されていく。また、駄洒落や言葉遊びなどによってこの時代に創作された妖怪も数多く存在する。現在、妖怪辞典のような扱い方をされる鳥山石燕の「画図百鬼夜行」 などはその一例である。

北尾政美は1788年『夭怪着到牒』という黄表紙本の妖怪図鑑を出版するが、その序文には「世にいふようくわいはおくびょうよりおこるわが心をむかふへあらわしてみるといえども…」とあり、これはこの時代からすでに、妖怪を研究しながらも、その妖怪の実在性を疑問視していた人がいたことを示している。

画題としてもよく描かれ、有名な妖怪を描いた絵師に歌川国芳、月岡芳年、河鍋暁斎、葛飾北斎などがおり、また、狩野派の絵手本としても『百鬼夜行図』が描かれた。

妖怪というと一般には日本国内に出没するものを想起しがちであるが、海外の悪魔や魔女などを含めた魔物の類も妖怪として扱われることがある。その時は「大陸妖怪」や「西洋妖怪」等と呼ばれるケースもある(「中国妖怪」は大陸妖怪の一種)。

京都には町家を改造した、妖怪堂という店があり、店主が京都妖怪案内をしてくれる。

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2009年01月11日 12:41に投稿されたエントリーのページです。

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